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ラカンを年代順に読破。非ラカン派有志によるプロジェクト。全著作・講義解説!

ファルスとしてのオフィーリア:セミネール第6巻『欲望とその解釈』(その12)

第XIV講(11/03/1959) 『ハムレット』が「欲望の悲劇」と規定される。初演された1601年の二年後に女王エリザベスが逝去している。時代の転換点に書かれたという事実は重要。 分析プロパーではジョーンズがハムレットと女性的対象の関係を問うている。エラ・…

エディプスとハムレット:セミネール第6巻『欲望とその解釈』(その11)

第XIII講(04/03/1959) これ以下の七講は本セミネールのクライマックスをなす『ハムレット』読解に費やされる。 シャープの患者においてはファルスが自我理想の位置を占める。そしてファルスへの同一化は母への原初的同一化である。患者は母のファルスを否…

ファルス湮滅大作戦:セミネール第6巻『欲望とその解釈』(その10)

第XII講(11/02/1959) エラ・シャープ「唯一の夢の分析」の読解最終回。なお、ここでとりあげられた症例を収録したシャープの『夢分析実践ハンドブック』は勁草書房より来月に邦訳の刊行が予告されている。 クラインはファルスを諸対象中のもっとも重要なも…

チェスとしての精神分析:セミネール第6巻『欲望とその解釈』(その9)

ミレール篇「ル・セミネール」の版元は2013年刊行の本巻よりSeuilからMartinièreにバトンタッチされたが、誤植が間々ある。 第XI講(04/02/1959) シャープは主体のファルスを攻撃的な道具と見なす。ラカンはそれにたいして別の「解釈」を提示しようとするも…

奇術としての幻想:セミネール第6巻『欲望とその解釈』(その8)

第X講(28/01/1959) エラ・シャープ症例研究の続き。 「グラフ」が再度参照される。シニフィアン連鎖は解釈可能な要素によって裁断されている。それによって主体は要求(demande)が欲求(besoin)から固定(疎外)するものの彼方(残余)、つまり「存在」…

ラカン vs. エラ・シャープ:セミネール第6巻『欲望とその解釈』(その7)

第Ⅷ講(14/01/1959) これ以降の五講はエラ・シャープの症例「唯一の夢の分析」のコメントに当てられる。シャープの症例はマリ=リーズ・ロート編『ラカンが読むエラ・シャープ』(Hermann)に仏訳(ラカン訳を踏襲したもの)が掲載されているほか、日本ラカ…

「死んでいる父」と「叩かれる子供」:セミネール第6巻『欲望とその解釈』(その6)

第7講(07/01/1959) 依存神経症という観念は、欲求とその抑制的な影響力を見えなくしている。症状は欲求不満(frustration)という減算・中断の帰結ではないし、主体の変形ではない。想像的な欲求不満はつねに現実的なものに関係している。欲求不満の諸帰…

欲望の人質としての対象:セミネール第6巻『欲望とその解釈』(その5)

第6講(17/12/1958) 「死んでいることを知らない父」の夢において、主体はみずからの無知を父に投影する。かれの欲望はこの無知のなかにみずからを位置づけることである。父の死によって、主体は死へと直面する。それまでは父の現前がかれを死への直面から…

コレクターとしての人間:セミネール第6巻『欲望とその解釈』(その4)

第五講(10/12/1958) 否定(Verneinung)の Je ne dis pas は言わないと言いつつ言っていることにおいて「シニフィアンのもっとも根源的な特徴(propriété)」を体現している。フライデーの足跡はそれじたいでは痕跡にすぎず、それが消されるとき(十字が刻…

タンタン・マニアとしてのラカン:セミネール第6巻『欲望とその解釈』(その3)

第4講(03/12/1958) 快と欲望の区別についてのグラノフの発表を踏まえて快の定義が確認される。一次過程においては欲望が「細分化」されている。幻覚(局所論的退行)とは<興奮→運動>という回路(反射弓)が塞がれたとき、行き場を失った興奮が幻覚的表…

主知主義的精神分析宣言:セミネール第6巻『欲望とその解釈』(その2)

第2講(19/11/1958) 「抑圧されたもの」「欲望」「無意識」――この三者の区別が問われ、グラフ上に位置づけられねばならない。グラフの上階と下階との関係は建築学的(architectonique)なモデルに則ってはいない。グラフはディスクールなので、すべてを一…

スピノザの徴の下に:セミネール第6巻『欲望とその解釈』(その1)

*セミネール第6巻『欲望とその解釈』(Le Séminaire Livre VI : Le désir et son interprétation, Seuil, 2013) 精神分析は療法(thérapeutique)というよりも処置(traitement)であり、それが対象とするのはまず夢や機知などの「周縁的で残りものの」現…

バルセロナにおける十の提言:「真の精神分析と偽の精神分析」

*「真の精神分析、そして偽の精神分析」(La psychanalyse vraie, et la fausse, in Autres écrits, Seuil, 2001 ) 1958年9月、バルセロナで行われた第四回国際精神療法会議における発表の要旨。『続エクリ』所収。向井雅明氏による試訳がある。 「真の(…

美人局と密輸品:「治療の方向づけとその影響力についての諸原則」

*「治療の方向づけとその影響力についての諸原則」(La direction de la cure et les principes de son pouvoir, in Ecrits, Seuil, 1966) これまでのラカンの治療論の概要を提示した論文と位置づけられる。「治療の方向づけ(direction)」という言い回し…

強迫神経症あるいはファルスの言語的破壊:『無意識の形成物』(了)

*『無意識の形成物』(Le Séminaire Livre V : Les formations de l'inconscient, Seuil, 1998) 第XXII講(14/05/1958)〜第XXVIII講(02/07/1958) セミネールの残りの四分の一においては、主として強迫神経症についてのモーリス・ブーヴェの諸論文にそく…

シミュラクルもしくは魚としてのファルス:「ファルスの意味作用」

*「ファルスの意味作用」(La signification du phallus / Die Bedeutung des Phallus, in Ecrits, Seuil, 1966) ミュンヘンのマックス・プランク研究所においてドイツ語で行われた講演を「変更を加えずに」筆記したものとされるが、ラカンのこういう但し…

女性性の本質化に抗して:『無意識の形成物』第XV講〜第XXI講

女児のエディプス複合にかんし、ペニス羨望は三つの局面について想定しうることが確認される。(1)クリトリスがペニスであってほしい。(2)父のペニス。(3)父の子供。(1)は「去勢」、(2)は「フラストレーション」、(3)は「剥奪」に相当する…

享楽の最初の一グラム:『無意識の形成物』第XIV講

というわけで、セミネールは享楽と欲望の関係という問題の提起によって再開される(1958年3月5日)。 クライン派ジョアン・リヴィエールの「仮装としてのフェミニティ」が俎上に載せられる。幻想における両親にたいする優位(父を去勢しそのペニスを奪ったこ…

燃やされた手紙:「ジッドの青春 あるいは文字と欲望」

*「ジッドの青春 あるいは文字と欲望」(Jeunesse de Gide ou la lettre et le désir, in Ecrits, Seuil, 1966) 開講中のセミネール『無意識の形成物』の中休み期間(1958年2月)に執筆され、セミネールの後援者でもあったジャン・ドレによる浩瀚な精神医…

革命と退屈と引きこもりの哲学:『無意識の形成物』第Ⅷ〜第XIII講

*『無意識の形成物』(Le Séminaire Livre V : Les formations de l'inconscient, Seuil, 1998) 精神病についてのギゼラ・パンコフの談話中で紹介されたベイトソンのダブル・バインド概念が、母子の想像的関係にみられる根本的ジレンマの認識に照らして評…

トポロジー宣言:「精神病のあらゆる可能な治療にとって前提となるひとつの問いについて」

*「精神病のあらゆる可能な治療にとって前提となるひとつの問いについて」(D'une question préliminaire à tout traitement possible de la psychose, in Ecrits, Seuil, 1966) 前回とりあげたのは『無意識の形成物』の1957年12月までの講義である。クリ…

シニフィアンの全般的経済論へ:セミネール第5巻『無意識の形成物』第1講〜第7講

*『無意識の形成物』(Le Séminaire Livre V : Les formations de l'inconscient, Seuil, 1998) フロイトによれば機知は「滑稽」とはちがい、話し手と聞き手以外の第三者を必要とする。ラカン的<他者>はこの第三者に送り返される。<他者>とは「シニフ…

衆生に語りかけるラカン:「レクスプレス」誌によるインタビュー

*「精神分析への鍵」(Clefs pour la psychanalyse, in l’Express, 31 mai 1957) 老舗週刊誌に掲載された Madeleine Chapsal によるインタビュー。ラカンが平易な言葉で一般読者向けに自説を述べている点で貴重なテクストと言えよう。後年の「ラジオフォニ…

再配達された手紙:「無意識における文字の審級 あるいはフロイト以後の理性」

*「無意識における文字の審級 あるいはフロイト以後の理性」(L'instance de la lettre dans l'inconscient ou la raison depuis Freud, in Ecrits, Seuil, 1966) 先行する二つの論文どうよう、哲学研究者向けの講演を基にした論文であるのは偶々か?1968…

純粋なシニフィアンとしての基本概念:「精神分析とその教育」

*「精神分析とその教育」(La psychanalys et son enseignement, in Ecrits, Seuil, 1966) フランス哲学協会での講演を基にその紀要に発表された。前年の「1956年における精神分析の状況と分析家の養成」にひきつづき哲学屋さんに向けての一文。しかも分析…

ハンス、あるいは存在の自己忘却:セミネール第4巻『対象関係』

*『対象関係』(Le Séminaire Livre IV : La relation d'objet, Seuil, 1994) カール・アブラハム以来の発達段階論において掲げられ、当時なお幅を効かせていた“理想的対象”という観念が退けられ、フロイトにおいて「対象」は喪失され、再発見されるべきも…

ヴァルデマール氏ふたたび:「1956年における精神分析の状況と精神分析家の養成」

*「1956年における精神分析の状況と精神分析家の養成」(Situation de la psychanalyse et formation du psychanalyste en 1956, in Ecrits, Seuil, 1966) 初出は Etudes philosophiques 誌(第4号、1956年)。部外者にパノラマを提示するという主旨にし…

シュレーバー、あるいは無意識の殉教者:セミネール『精神病』

*『諸々の精神病』(Le Séminaire livre III ; Les psychoses, Seuil, 1981) ラカンによればフロイトのシュレーバー症例は『夢解釈』よりも画期的である。『夢解釈』には先駆者がいたが、シュレーバー症例においてフロイトは未曾有の領域を切り開いた。 と…

お喋りな演台:「フロイト的もの、あるいは精神分析におけるフロイトへの回帰の<意味>」

*「フロイト的もの、あるいは精神分析におけるフロイトへの回帰の<意味>」(1955年、『エクリ』所収) 「鏡像段階」論、「ローマ講演」、「セミネール1巻」「同2巻」(L図、"Wo Es war...")、「『盗まれた手紙』論」(真理)のおさらいにして「セミネ…

「『盗まれた手紙』についてのセミネール」(『エクリ』ヴァージョン)

*「『盗まれた手紙』についてのセミネール」(1957年) 講義ヴァージョンがシニフィアン概念に引きつけてまとめなおされる。 「lettre は殺し、esprit は生かす」のであるとすれば、それは「シニフィアンは死の審級を物質化する」かぎりにおいてだ。シニフ…