2016-07-01から1ヶ月間の記事一覧
*『フロイト理論と精神分析の技法における自我』 第二十四講(29/06/1955) 講演の成功で自信をとりもどしたラカンが質問者たちに逆襲を試みる。 X:聖書には宇宙(「すべてを論理的に繋げるような固定され決定された法」)もしくはプラトン的な「ロゴス」…
*『フロイト理論と精神分析の技法における自我』 第二十三講(22/06/1955) セミネール番外編の講演「精神分析とサイバネティクス」 サイバネティクスと精神分析という二つの「技術」(あるいは「思考」もしくは「科学」)の同時代性を説明する鍵の一つが「…
*『フロイト理論と精神分析の技法における自我』 第二十二講(15/06/1955) サイバネティクスにおけるメッセージ概念。「ランガージュはメッセージのためにあるが、コードではない。ランガージュは本質的に曖昧であり、意義素はつねに多義的で、シニフィア…
*『フロイト理論と精神分析の技法における自我』 第二十一講(04/06/1955) 「貞節を動機づけるのは誓いの言葉(パロール)にほかならない」(プルードン)。妻の誓いは夫個人をこえて「すべての男」に向けられ、夫のそれは「すべての女」に向けられる。「…
*『フロイト理論と精神分析の技法における自我』 第二十講 シェマLにおいてはパロールが光のように一直線に伝わることを前提しているので、「隠喩」か「アナロジー」にすぎない。ミスリーディングなシェマの例として『自我とエス』の卵形の図が挙げられる…
*『フロイト理論と精神分析の技法における自我』 第十九講(25/05/1955) なぜ惑星は話さないのか? 『我が闘争』においては「人間同士の関係が月同士の関係のように語られている」が「われわれもとかく月同士の心理学や精神分析をする傾向がある」。 惑星…
*『フロイト理論と精神分析の技法における自我』 第十八講(19/05/1955) 「リビドーの概念は精神分析的効果の領野を統一する概念」であり、「リビドー概念を使うことは一つの世界(統一場)へ到達しようとするあらゆる理論の伝統のなかにある」。「フロイ…
*『フロイト理論と精神分析の技法における自我』(邦訳、岩波書店) 第十七講(12/05/1955) 出席者の質問へのコメントというかたちで進められる。以下、箇条書きで。 反復強迫を規定する「執拗さ(insistance)」はランガージュの根底にある機能。 「人は…
*『フロイト理論と精神分析の技法における自我』(邦訳、岩波書店) 第十六講(26/04/1955) 「原因という概念そのものが、その内に象徴の連鎖と現実的なものを媒介する何かをもっているという点で、[あるかないかという]賭けを出発点として成立する」。…
*『フロイト理論と精神分析の技法における自我』(邦訳、岩波書店) 第十五講(30/03/1955) イルマの夢においても狼男の夢においても、「主体は解体し、消え失せ、主体のさまざまな自我へと分解している」。いずれにおいても「究極の現実的なものにたいす…