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欲望の人質としての対象:セミネール第6巻『欲望とその解釈』(その5)

第6講(17/12/1958)

 

 「死んでいることを知らない父」の夢において、主体はみずからの無知を父に投影する。かれの欲望はこの無知のなかにみずからを位置づけることである。父の死によって、主体は死へと直面する。それまでは父の現前がかれを死への直面から守ってくれていた。「死に直面する」とは、父の機能に結びついたなにごとか、つまり去勢の意味作用との直面である。主体が引き受ける「実存の苦しみ」において現前しているのはそれである。

 

 「かれの願いによって」という文言の二通りの解釈。

(1)「かれの願いによって」かれは知らなかった(「かれの願いによって」は言表のレベルにある)

(2)「かれの願いによって」かれは死んでいた(くだんの文言は言表行為のレベルにある)

 

 (2)は父殺しへの幼児的欲望にかかわる。「資本家」たる幼児的欲望が現在の欲望という「起業家」によって夢を形成させている。

「かれは知らなかった」は、父の禁止の機能であったものを維持し、永遠化する。「かれは知らなかった」によって謎めいたものとなった夢の形式は、主体に欲望からの隠れ家を提供する。欲望を直視しなくて済む「道徳的な」口実を提供するのだ。欲望の消失についてはジョーンズが洞察を示している。

 欲望の対象は消失的な évanouissant な形式の下に現れる。幻想のシェマ(S barré ◇ a )が想起させられる。

 欲望の消失にかんして、ラカンが分析中の性的不能者への言及がなされる。ほとんどの性的不能者どうよう、この患者はまったく不能ではない。かれは愛の対象である妻とのあいだにだけ性交渉がもてない。

主体は欲望を予兆(signe)、約束、予見というかたちでみずからからとおざけ(aliéner)、[欲望の]「喪失」の可能性を生ぜしめる。「欲望は欠如の弁証法に由来している」。

 ジョーンズのアファニシス概念は、「主体は欲望の剥奪を恐れる」という定式において去勢複合を解釈したものである(当時の精神分析的言説にあっては去勢という概念が背景に退いていた)。ファルスにたいする女性の関係を、欲望にたいする人間一般の関係として捉えており、ファルスというシニフィアンにたいする男女間の不均衡が考慮されていない。

 欲望は生の欲望に還元されない。「エラン・ヴィタル」はアントロポモルフィスムに基づいている。

 人間は欲望を満足させることを望まないこともある。欲望を満足させてくれる他人への依存を幻想において厭うから。他人への依存への嫌悪は他人の気まぐれゆえではない。他人は気まぐれをひとつの徴となす。ところで主体の徴とは、主体の廃棄(abolition)の徴だけである。「対象(a)を前にすると主体の消失が起こる」。

 エディプス複合の正常な出口としての「転倒したエディプス」(自我理想としての父への同一化)において、主体が逃れ去る。父への愛を受け入れることは去勢[脅威]ゆえである。同性愛者は父への愛を去勢の脅威とみなす。対象の操作は欲望の中断に対峙するための細工である。

 対象は主体とシニフィアン弁証法に取り込まれている。ハンスの Wiwimacherの想起が促される。シニフィアンの介入が主体と対象の関係を不可能にし、対象の「移動」が起こる。人間の欲望は一つの対象から別の対象へと移行する。のみならず、移行じたいが欲望のか脆弱なバランスを維持する。移行はつねにひとつの対象を確保しつつ、満足を妨げる。その一方で、満足を換喩的に象徴化する(『守銭奴』の金庫)。対象の肛門愛的な保管によって欲望が存続する。対象は欲望の支えであり、「享楽」の対象ではない。財(bien)の享受(jouissance)とは、法的には他人が享受する財の保管をいみする(“他者の享楽”概念の萌芽?)。対象とは欲望の「人質」とは言わないまでもその「抵当」である。

 ここでひとしきり動物行動学への脱線。ブロス著『諸事物の秩序』が絶賛される。動物における象徴的活動は糞便的象徴というかたちをとる。河馬は糞によって縄張りを確保する。たいして人間にとって糞便は縄張りの「抵当」である。言語が関係するので、対象への人間の関係は複雑。『哲学の貧困』のマルクスは、使用価値から交換価値への移行において欲求の対象の消滅を見ている。親族の基本構造において、対象としての性的パートナー(女性)は、交換の対象となる。ジョーンズが『フロイト伝』において紹介しているマルタ・ベルナイス宛書簡において、フロイトは「社会化された対象」としての女性の役割を家具や置物と同列とみなしている。

 父への想像的同一化は欲望の問題を解決しない。自己愛は欲望の問題の解決の支えである。あらゆる対象は自己愛的構造を刻印されている。