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ラカンを年代順に読破。非ラカン派有志によるプロジェクト。全著作・講義解説!

対象関係論と不合理なもの:セミネール第2巻『フロイト理論と精神分析の技法における自我』第二十講

*『フロイト理論と精神分析の技法における自我』

 

 

 第二十講

 

 シェマLにおいてはパロールが光のように一直線に伝わることを前提しているので、「隠喩」か「アナロジー」にすぎない。ミスリーディングなシェマの例として『自我とエス』の卵形の図が挙げられる。

 

 「中心的エゴ」への「リビドー的エゴ」の再統合というフェアバーンの分析観が俎上に上せられる。対象との関係をエゴに帰しているのはよいとしても、対象の内在化という概念は曖昧至極である。

 

 夢は直訴として誰かに宛てられている。夢をパロールとして語ることができるのは、主体の経験が最初から象徴的次元に組み込まれている証拠である。想像的関係は無意識の言説との相関において意味をもつ。対象との関係は、他の主体がこの対象と結ぶ関係を前提する。それによって対象が命名可能になる。「命名は現前の喚起であり、不在における現前の維持である」。

 

 対象関係論は主体がみずからを語るということを考慮し得ない。パロールの裂け目によって分析家は主体が語ることの彼岸に赴くことができるのであるから、この裂け目(「不合理なもの」)は言説に内在的。ここで不合理なものと言われているのは無理数のようなものである(『メノン』)。

 

 ユークリッド幾何学は、象徴化された二つの現実は公約数をもたずとも(もたないから)等価とみなすことができることを前提する。ユークリッド幾何学において[二等辺三角形の]痕跡がそれじしんに重ねられるように、主体のイメージは主体の歴史の本文に綴じ付けられている。

 

 乳児が泣いたり泣きやんだりするリズムが象徴的次元を生み出す。自我の幻影性はプラウトゥス的分身においてはっきりと示されている。