lacaniana  

ラカンの全著作・全講義を年代順に読破するプロジェクト。

「ローマ講演」を読む(その11)

 Ecrits, p.260~p.263 二段落め(レジュメ)

 

 フロイトを理解するためにはフェニシェルを読むよりもフロイトを読むほうがよいという考えの学生は、それを実行に移すときに知るだろう。われわれが述べてきたことはすべて、その調子の辛辣さ、つかわれている隠喩のいちいちにいたるまで、すでにフロイトによって述べられていることを。

 

 否定が重なって否定でなくなるように、こうした隠喩はもはや隠喩ではない。症状における象徴的な移動は隠喩にほかならない。そのいみで精神分析は隠喩に固有の領域での活動なのだ。

 

 フロイトの著作をひもといたあとでなら、フェニシェルの著作がフロイトの理論をねじまげようとしていること(「想像的移動」)がわかる。いうところの発達段階への参照と、主体の歴史についての固有な出来事(複数形)の探究とのあいだを行ったり来たりして技法的な一貫性と有効性をたもてなくなっているのがわかる。フェニシェルの著作は、真の歴史の探究といわゆる歴史の諸法則とを切り離している。歴史の諸法則という考え方によると、各々の時代にその哲学があって、その哲学はそのときどきに優位をたもっている価値に応じてその法則を適用させる。

 

 とはいっても、ボシュエからトインビーへといたる道筋に沿った歴史の一般的な進展において発見され、オーギュスト・コントカール・マルクスの体系がみきわめているさまざまな意味を考慮するひつようがまったくないということではない。コントとマルクスの体系は、過去を知ることよりも未来の出来事を知ることにやくだつ。とはいえその予言はあてにならず、起きたばかりの事実についてもぞんざいであるが。

 

 歴史の進展がもついみは、科学の進歩にとってはたいして貢献しない。むしろ、一次的な歴史(hisitorisation)と二次的な歴史とを区別するという利点がある。[二次的な歴史化とは、事後性にかかわることであろう]

 

 精神分析および歴史が個別的なものの科学であるとしても、精神分析や歴史のデータがまったく偶然的な(accidentel)ものであるといういみではない。ましてや作り物といういみでもない。そのデータを歴史的な事実としての外傷に還元することはできない。

 

 出来事は想起されたり言語化されたりするときにはすでに起こってしまっている(一次的な歴史)。芝居の脚本が事前に書かれているように。

 

 おなじひとつの歴史上の出来事は後の解釈によってそれが起こった時点とは別様に記憶されうる。

 

 さいしょの出来事は外傷としてのいみをもつようになり、変化を被り消滅することがありうる。とはいえ抑圧による検閲を被っていても、その出来事は保存され、甦りうる。

 

 こうした歴史観精神分析ではおなじみであり、欲動と無意識ははっきり区別されている。[ようするに欲動は外傷に、無意識は記憶に相当する]

 

 分析家が患者に、患者じしんの無意識つまりかれの歴史を引き受けるべくうながす。患者の人生においていろいろないみをになわされてきたいろいろな経験を現時点で歴史化することをたすける。そうした経験はすでに方向(いみ)づけられたり検閲されたりして歴史化されてきている。[分析においてはじめて歴史となるのではない]

 

 いわゆる[退行的]固着は歴史のある時点での痕跡(stigmate)なのだ。それは忘却し、削除してしまった人生の一頁であったり、輝かしい一頁であったりする。しかし忘却されたものは行為において想起される。削除されたものは別のところに顔をだす。患者のいだく幻影のいみは言語による象徴化のなかによみとられる。

 

 発達諸段階は事後的な構築物である。前性器的段階とは性器愛の段階から遡行的にみいだされた虚構である。それは精神分析における間主観性関係においてつくりだされる。

 

 幼児期における歴史的な事実とそれへの退行という図式で肛門期なるものをとらえるべきではない。バリント的な発達段階論は系統発生的な錯誤にもとづいている。女性の侵害恐怖を原生動物のそれに還元するようなナンセンスである。その伝でいけば、自我とは脱皮をくりかえす小エビとえらぶところがない。

 

 中世の鎧と甲殻類の類似から生物進化と文明の発展を対応させる珍説もあった。

 

 ゲーテほどの人でさえその自然哲学において突飛な連想をしていた。精神分析の世界においてをや。こういうものと手を切ることで、フロイトは夢解釈の方法を発見し、同時に精神分析的な象徴理論を手にした。

 

 滑稽な連想は、目をひらかせてくれる用途はある。およそ理論的でないところに目をむけることで、ある理論のばからしさに目をひらかれるものだ。