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ラカンを年代順に読破。非ラカン派有志によるプロジェクト。全著作・講義解説!

『人格との関係からみたパラノイア性精神病』(その5)

 さて、前回引用したくだりの末尾の一節をいま一度引いておくならば、

 治癒の性状は疾病の性状を示しているようにわれわれには思われる。

 つまり、法的な裁きを受けることによって患者の妄想が消滅したことは、患者を導いていたのが自罰の欲求であることを照らし出す。<欲望→充足>という因果関係がこれによって証明されるわけだ。

 われわれとしては、いくつかの了解関連が、なんらかの精神現象をパラノイア性精神病として把握することを可能にしてくれるならば、それらを恐れることなく援用するであろうが、その場合、パラノイア性精神病は実証的で組織化された総体として現れるのであって、解離した諸障害から生じた要素的精神現象の継起として現れるのではない。

 「要素的精神現象」とは、妄想を患者の環境とは切り離された自律的な精神現象として扱う際の単位を指すとおもえばよい。その典型は精神自動症という考え方であるが、ラカンはこれよりすこしまえのくだりで、精神自動症が「神話的諸動因」と呼んで、その観念性を非難している。ラカンは、現象としての個々の妄想だけを個別に研究しても無意味であるといいたいのだ。

 

 われわれは、たとえば欲望をある種の行動の循環によって定義しよう。それを特徴づけるのは、いくつかの一般的でいわゆる情動的な有機体固有の振動であり、場合に応じて多少とも指示された運動性興奮であり、要するに客観的志向性が場合に応じて多少とも整合的であるようないくつかの幻像である。つまり能動的であれ受動的であれ、ある一定の生活経験が情動的平衡や、運動の休息や、表象的な幻像の消失を引き起こした場合、われわれは定義上、欲望が満たされ、この経験は欲望の目的および対象であった、という。[……]このような了解的な鍵をわれわれは患者エメに適用したのであり、それはほかのいかなる理論的考想よりもこの精神病の現象に対応しているように思えた。しかもこの現象は、抽象的に考えられるようなしかじかの出来事のなかで捉えられるのではなく、全体性において捉えられた精神病として理解されるべきである。

 患者エメの精神病は、実際、本質的には一つの行動の円環として現れる。個別的には説明できない発達のエピソードすべては、この円環に対して自然に秩序づけられる。

 

 個々の妄想の内容をそれじたいとして研究するのではなく、ここで「振動」「運動性興奮」「幻像」といいあらわされているような一連の客観的で具体的な「行動」をひとつの「循環」のうちに位置づけ、患者の「人格」という全体において精神病をとらえなければだめなのだ、とラカンは述べている。

 

 欲望の目的が認められるこの満足は、なるほど複雑ではあるが、その起源や過程や意味において、本質的に社会的な経験によって条件づけられているのがわかった。この経験では、円環の目的のもつ決定因子は、われわれには患者がこうむったもの、つまりことのほか社会的である価値からしてという言葉を使うほかないような、出来事に対する制裁であるようにみえた。それゆえわれわれの方法上の前提に立つとき、という経験のなかに、円環全体に現れる動向(tendance)の対象そのものを認めざるをえない。

 そのうえ、このような動向およびこのような明確な意味を表す円環の存在が、多くの事実によって人間の心理のなかで例証されたので、われわれは、われわれの症例を自罰性精神病であると考えたのである。

 精神病は特殊で自律的な現象ではなく、「社会的」な文脈において普遍的に了解可能な何かである。この時代のラカンは社会性という次元に重きを置いている。

 

 ところで、この「円環」はひとつの「仮説」であるが、それをつうじてしか病気の「決定因」がつきとめられないような「公準」でもある。

 

 この仮説は、人間的了解可能性という諸関連によって諸現象のなかで定義される次元に特異的な一つの決定因が存在するというものである。この決定因をわれわれは、心的発生的と呼んだ。この仮説は公準の名に値する。それは、実際には立証不可能であり、また自発的な同意を求めるのだが、いかなる科学をも正当に基礎づけ、それぞれの科学に、その対象、方法、自律性を同時に規定する諸公準とあらゆる点で相似である。

 後年のラカンが推測的科学(science conjecturale)と呼ぶものに対応するものであろうか。

 

 というわけで、

 了解関連という非常に普遍的な枠組みを、われわれはわれわれが人格の現象と呼ぶ諸現象の定義に際してあたえた。

 そして、この「人格」という「現象」は、個人的、構造的、社会的という三つの極によって規定されるといわれる。この範疇化は、後年のイマジネール、サンボリック、レエルという三極構造をおもわせるところがある。もちろん、ぴったり合致するわけではおよそないけれども。